虚無への供物(上・下) 中井英夫 集英社文庫

上(ISBN:406273995X
下(ISBN:4062739968

「反推理小説」という筆者の問題意識が、これだけの作品に仕上がったのだと思う。この小説の設定である昭和29年から30年にかけては、近年になく災害や大きな交通事故が多く、殺人事件も多かったようで、著者もそれを背景に据えている。そこには、確かに事件の予兆はあったのかもしれない…。自分自身の関わる範囲を規定しながら、事の起こる帰結をどう捉えるか?起きた事件に関して、どこまでを推理の対象とするのか?結局のところ、何を解き明かせば十分だったのか?
もちろん、そんなものわかるわけはない。しかし、そのような「どうしたってわからないもの」を放ったらかしにするのではなく、それを意識して見据える(別次元の入り口が、ぽっかりと開いていることを見る)ことは、自ずとプロセスを大事にする創造活動に繋がると思う。

植物に関する蘊蓄、黒・白・赤・青・黄の不動の話だけではなく、さまざまな東京の場所に関する知識といった現実世界と、色の名を冠した登場人物や、推理小説の原則といったフィクションの絡ませ方。もともとの問題意識と、こうした絡みを紡いでいったプロセスのひとつひとつが、このような創造の結実に繋がったことに、僕は「あぁなるほど」と感服するほかない。

それにしても、これを読むと、調べれば調べるほどの東京の魔都っぷりが明らかになる。大阪でも、こんなことが同じように考えられるのだろうか…。